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zoom RSS 誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論

<<   作成日時 : 2006/12/01 02:15   >>

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ようやく、この「誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論」を読了しました。非常に基本的な話であるのですが、考えさせる本でした。ハードでもソフトでも、何らかのデザインにかかわる人にはぜひ読んで欲しいと思える内容です。

この本を一言で要約してしまうのであれば、
「道具をうまく使えない場合は、デザインが悪いのであって、ユーザが悪いのではない」
ということです。

使いやすくなっていない時点で、道具側に責任があるのです。機能が多すぎて使いこなせない機械などは、これに当てはまりますね。操作すべき部分を見ても、何をどうすればよいかよくわからないケースは、例を挙げればきりがないでしょう。アフォーダンスという言葉であらわされる議論につながっていきます。

ドアの開閉の話が出てきます。どこを押せばよいのか、もしくは引けばよいのか、あるいはスライドさせるのか、実は自動で開くのか、パッと見ではよくわからずユーザ側へ負担を強いることになる、という例です。街中でもとても美しいドアであるのに、テプラで「押す」とか貼ってあったりすると、美しさも半減してしまいます。賞を取るようなものは概して使いにくいものである、という話も出ていて、納得です。

ユーザの操作に対するフィードバックが非常に重要というのは、一般的によく知られている話でもあり、本書でも強く言われています。ただ現実にはそうでないものがたくさん存在しているわけです。私がどうしても受け入れがたいものとして携帯電話と車のキーロックがあります。

携帯電話は機能に比べて圧倒的にボタンが少ないので、どうしても操作が複雑になります。メニューから階層的に操作を進めるのはまだ許せるのですが、電源ON/OFFなどに設定されている「ボタンの長押し」が受け入れられません。フィードバックが即座に帰ってこないことが非常にストレスに感じます。なぜあんな操作系が発明されてしまったのでしょう。それでいてなぜ消えていかないのでしょうか。不思議です。一般的には使いやすい操作なのでしょうか。そうは思えないんだけどな。

私が乗っている車のキーには電波式のロック/アンロックボタンがあるのですが、ロックとアンロックで1つのボタンしかないのです。ロック状態でボタンを押せばアンロック状態になり、アンロック状態であればロックされます。一応フィードバックとしてウィンカが異なる回数で点滅するのですが、ボタンを押すまで結果がわからない。やりたいことは開ける(もしくは閉める)と決めているのに、ボタンを押すことがどういう結果に結び付けられるのかがわからないというのは、不便でしょうがありません。特に鍵のかけ閉めでこのUIは間違っているのではないでしょうか。結局いつもドアノブを引いてみてロック状態を確認していたりします。こんなところでコストを削らないでよ!と言いたいですね。

私もモノを作る仕事をしていますので、もっと早くこの本に出会えていれば、とつくづく思いました。職場の同僚にもぜひ勧めたいと思っています。

誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論
ドナルド・A. ノーマン 野島 久雄 D.A. ノーマン
新曜社
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おすすめ度の平均: 4.5
5 ほんと素晴しい本
5 エンジニアだけでなく、“経営者必読の書”と思う。
5 優れたデザインの製品は使い勝手がよい

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